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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10863号 判決

原告 宇野すま

右訴訟代理人弁護士 藤田久三

被告 上野康子

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 大橋堅固

右訴訟復代理人弁護士 山川洋一郎

引受参加人 株式会社三修社

右代表者代表取締役 前田完治

右訴訟代理人弁護士 小室金之助

同 湯本岩夫

同訴訟復代理人弁護士 漆原良夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告上野康子は原告に対し別紙目録(一)ないし(三)の建物を収去して同目録(四)、(七)の土地を明渡せ。

2  被告合名会社三河屋上野商店、同上野厳、同上野冨子は、原告に対し同目録(一)、(二)の建物から退去して同目録(四)の土地を明渡せ。

3  引受参加人は原告に対し同目録(三)の建物から退去して同目録(七)の土地を明渡せ。

4  被告上野康子は原告に対し左の割合による金員を支払え。

(イ) 昭和三八年六月二二日から昭和四二年五月一〇日まで一ヵ月金一万〇六八九円

(ロ) 昭和四二年五月一一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金一三万四八〇〇円

(ハ) 昭和四三年一月一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金一四万八五〇〇円

(ニ) 昭和四四年一月一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金一七万〇二〇〇円

(ホ) 昭和四五年一月一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金一九万九八〇〇円

(ヘ) 昭和四六年一月一日から同目録(四)、(七)の土地明渡に至るまで一ヵ月金二二万六六〇〇円

5  被告海老原立治は原告に対し同目録(五)の建物を収去して同目録(六)の土地を明渡せ。

6  被告株式会社海老原ゴム商会は、原告に対し同目録(五)の建物から退去して同目録(六)の土地を明渡せ。

7  被告海老原立治は原告に対し、左の割合による金員を支払え。

(イ) 昭和三八年六月二二日から昭和四二年五月一〇日まで一ヵ月金二九〇〇円

(ロ) 昭和四二年五月一一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金四万二七〇〇円

(ハ) 昭和四三年一月一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金四万七〇〇〇円

(ニ) 昭和四四年一月一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金五万三八〇〇円

(ホ) 昭和四五年一月一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金六万三〇〇〇円

(ヘ) 昭和四六年一月一日から別紙目録(六)の土地明渡に至るまで一ヵ月金七万一三〇〇円

8  訴訟費用は被告ら及び引受参加人の負担とする。

9  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告ら及び引受参加人の答弁

主文と同旨の判決を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一  原告の父儀兵衛がその所有にかかる(四)、(七)の土地を、一括して戦災後から被告上野康子の父上野豊太郎に賃貸していたこと、右賃貸借契約は、昭和三一年七月一日更新されたこと、契約内容は原告主張どおりであること、上野豊太郎は(四)の土地上に(一)の建物を所有していたが原告主張の日に死亡し、遺産分割協議の結果被告上野康子が(一)の建物と(四)、(七)の土地賃借権を取得したこと、同被告は(四)の土地上に(二)の建物、(七)の土地上に(三)の建物を所有していること、被告上野らが(一)、(二)の建物を共同して占有使用し、(四)の土地を共同占有していることは、原告と被告上野らとの間に争いがない。

儀兵衛が原告主張の日に原告主張の約で、(六)の土地を被告海老原立治に賃貸したこと、同被告が(六)の土地上に(五)の建物を所有し、被告株式会社海老原ゴム商会が(五)の建物を占有使用してそれぞれ(六)の土地を占有していることは、原告と被告海老原らとの間に争いがない。

儀兵衛が原告主張の日に死亡したこと、本件土地につき原告主張どおりの共有登記がなされたこと、原告主張どおりの確定審判により本件土地が原告の単独所有となり、昭和四二年五月一〇日その旨の登記がなされたこと、昭和三九年一二月二四日原告主張の内容証明郵便が被告上野康子、同海老原立治に送達されたが、同被告らはその受領を拒絶したことは原告と被告らの間に争いがない。

二  まず、原告の内容証明郵便による延滞賃料支払の催告及び停止条件付契約解除の意思表示が被告上野康子、同海老原立治に到達したと云えるかどうかについて一考する。

民法第九七条第一項によれば、隔地者に対する意思表示はその通知が相手方に到達した時から効力を生ずる旨規定されているところ、相手方がその通知の受領を拒絶した場合には、受領拒絶につき正当の事由がある場合を除き、受領拒絶の時に意思表示が到達したとみなすべきである。

ところで、≪証拠省略≫によれば、同被告らが右内容証明郵便の受領を拒絶したのは、同被告らが、訴外篤太郎から同訴外人ら儀兵衛の共同相続人間で相続争いがあるけれども、自分達で処理するから、原告や訴外黒川くみから何か云ってきてもとり合わないでほしい旨頼まれていたこと及び同被告らにおいても他家の内紛に巻き込まれたくなかったことが理由であることが認められる。しかし、右の如きは、受領拒絶の正当事由とはならないから、右意思表示は右受領拒絶の時に同被告らに到達したと認むべきである。

三  そこで原告催告にかかる昭和三六年四月二〇日から昭和三九年一一月末日までの賃料延滞の有無について判断する。

(1)  ≪証拠省略≫によれば以下の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(イ)  本件土地の所有者であり、被告上野康子に対する(四)、(七)の土地の賃貸人、被告海老原立治に対する(六)の土地の賃貸人である儀兵衛は、昭和三六年四月二〇日死亡し、同人の子である、原告、訴外黒川くみ、同篤太郎、同早川幸治の四名が相続により本件土地所有権を取得し、かつ右被告らに対する賃貸人の地位を承継したが、右幸治は昭和三九年四月三〇日、儀兵衛の遺産につき相続分のないことを認めたので、原告らは、昭和三九年五月二七日本件土地につき右訴外人を除く相続人三名共有による相続登記を了した(この登記のなされた点については当事者間に争いがない。)。

(ロ)  被告上野康子、同海老原立治は、原告から賃料支払の催告がなされた昭和三九年一二月二四日の時点において、右相続によって同被告らに対する共同賃貸人の一人となった篤太郎に対し、各賃借土地の賃料を支払済であった。

(2)  右のように賃貸人死亡により複数の共同相続人が賃貸人の地位を承継し共同賃貸人となった場合の賃料債権は、不可分債権であると解すべきであるから、共同賃貸人の一人である篤太郎への賃料支払により、右被告らの右賃料支払義務は履行されたと認むべきである。

(3)  原告は、本件においては訴外黒川くみが共有財産管理人に選任されているから、たとえ右賃料債権が不可分債権に当るとしても、共有財産管理人以外の共有者に対する賃料の支払は無効であると主張する。

なるほど右の場合有効に原告主張の共有財産管理人の選任がなされ、かつ、その旨右被告らに通知されていれば、共有財産管理人でない篤太郎に対する支払によって、右被告らの賃料支払義務が消滅したと云えるかどうかについては大いに疑問がある。

そこで、原告主張の共有財産管理人選任が有効であるか否かについて検討する。

≪証拠省略≫によれば、原告及び訴外黒川くみは、昭和三九年九月二四日付内容証明郵便で、篤太郎に対し、本件土地を含む原告、訴外黒川くみ、同篤太郎共有の儀兵衛の遺産につき民法第二五二条に基づく管理人を決定したいので、昭和三九年一〇月四日午前一〇時、原告方に参集願いたい旨の内容証明郵便を発したこと、右内容証明郵便は昭和三九年九月二六日篤太郎に送達されたが篤太郎はその受領を拒絶したこと、原告及び訴外黒川くみは、昭和三九年一〇月四日篤太郎欠席のまま右両名のみで本件土地を含む儀兵衛の遺産につき、訴外黒川くみを共有財産管理人に選任する旨の決議をしたことが認められる。

そこで、右管理人選任の効力について按ずるに、共有財産管理人選任は、共有財産の管理それ自体ではなく、むしろ、共有財産の管理よりは一層重要なことがらに属するから、共有者の持分の過半数決によってでは足りず、共有者全員の同意によらなければ無効であると解すべきである(注釈民法(25)一二四頁参照)。

四  従って、右被告両名には、原告主張の賃料支払催告の時点において、原告主張の賃料の延滞はなかったものと認むべく、その余の判断をするまでもなく、原告の被告海老原らに対する本訴請求、被告上野らに対する請求のうち、賃料不払による賃貸借契約解除を理由とする請求は理由がない。

五  原告の請求原因(七)の(1)ないし(3)の主張について判断する。

(1)  原告主張の各内容証明郵便が原告主張の日に被告上野康子に到達したことは当事者間に争いがない。

(2)  ≪証拠省略≫を綜合すれば以下の事実を認めることができる。

(イ)  被告上野康子は、昭和三九年三月頃(七)の土地上に駐車場設備を設けた。右設備の規模、工事の態様はおよそ次のとおりである。右設備は広さ約四五平方メートル、間口約八メートル、奥行約七・五メートルであるが、道路に面していた万年塀を奥に移動して後方の障壁とし、向って右方は既存の万年塀、左方は(二)の建物の壁面を、それぞれそのまま右左の障壁として利用し、土間にコンクリートを打ち、入口にはシャッター取付用の鉄骨製アングルを設置してシャッターを取り付けた総工費約三四万円(もっともこの中には設備自体の工費でない植木移動費、残土処理費などのすべてを含む)程度のものである。

(ロ)  同被告は、間もなく右設備を訴外株式会社三和銀行に賃貸したが、昭和三九年一一月中にその返還を受けたので、間もなく今度は訴外株式会社団地サービスに賃貸することとなった。その際団地サービスから屋根をつけたい旨の申入を受けたので許可したところ、団地サービスは自ら費用約金十二、三万円を投じて、右設備に鉄骨造りビニール仮張りの屋根を取りつけた。

(ハ)  団地サービスとの右賃貸借契約は、昭和四二年八月頃団地サービスからの申し入れで合意解除されたが、その後被告上野康子は、団地サービスから屋根の部分の代金を支払って欲しいと要求されたので金一〇万円を支払った。

(ニ)  同被告は、右設備すなわち原告のいう(三)の建物を現に引受参加人に賃貸中である。

(3)  右認定事実によれば、被告上野康子が団地サービスに賃貸したのは(七)の土地自体ではなく、(七)の土地賃借人である同被告が、その権原により(七)の土地に付属せしめた駐車場設備であることは明らかであって、(七)の土地の無断転貸には当らない。

また、その後団地サービスが右設備に屋根を取りつけたからと云って、これにより、右被告と団地サービスとの右駐車場設備賃貸借契約が当然に終了して、(三)の建物敷地である(七)の土地について転貸借契約がなされたものと解することはできない。

(三)の建物について、文京税務事務所が団地サービス所有のものと認定し、その旨の課税台帳を作成し、団地サービスに課税していたとしても、豪も右認定を左右するものではない。

従って、原告の請求原因(七)の(1)の主張は理由がない。

しかし、右認定の被告上野康子の(七)の土地利用形態は、原告主張の特約(請求原因(一)の(3))に違反するものと云わざるを得ない。

(4)  そこで、篤太郎の承諾の有無について判断する。

≪証拠省略≫によれば、篤太郎は、前記駐車場設備の設けられた昭和三九年三月当時から昭和四二年四月まで、毎月被告上野康子方へ地代の集金に来ており、(七)の土地上に駐車場設備が設けられたことも、その後屋根が取りつけられて(三)の建物の外観を備えたことも見知っていたことが認められる。

右の事実と、≪証拠省略≫によれば、被告上野康子は父豊太郎の死亡により、(四)、(七)の土地賃借権等を相続したため、約金三〇〇万円の相続税を負担しなければならなくなり、これを調達する手段として(七)の土地上に貸ガレージを作ることを計画し、昭和三九年二月頃篤太郎の承諾を得たことを認めるに充分である。

(5)  原告は、共有者の一人に過ぎない篤太郎の承諾があっただけでは有効な承諾とは云えない旨主張し、被告上野ら及び引受参加人は、右篤太郎の承諾を得た当事原告は、本件土地について所有権取得登記を経ていないから、原告の不承諾の事実は被告上野らに対抗し得ないとの趣旨の主張をしている。

思うに、賃借人が、賃借物につき賃貸借契約に定められた用法に反する使用収益をしようとする場合、右使用収益によって、右賃貸借契約上の債務不履行があったとして、その不履行の責を追求されないための賃貸人の承諾は、賃貸人複数の場合、少くとも、賃貸借の目的物の持分の過半数を越える共有者の承諾でなければならないと解される。従って、(四)、(七)の土地の三分の一の持分を有したに過ぎない篤太郎の承諾によっては、被告上野康子は用法違反の責を免れないというべきである。しかして、このような場合いわゆる対抗問題の生ずる余地はないから被告上野ら及び引受参加人の右主張は失当である。

(6)  被告上野ら及び引受参加人の権利濫用の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によれば、東京家庭裁判所は昭和四一年九月一三日遺産分割審判をなすに当り本件土地を原告の取得とするについて、本件土地の価格を、借地人に譲渡する底地価格で評価し、これを基準として審判していることが認められる。

また、≪証拠省略≫によれば、被告上野康子は、儀兵衛の長男で、儀兵衛生存中から死亡後まで引続き地代の集金や値上交渉など一切をとりしきっていた篤太郎から「自分達の身内で相続について争いが起きているから、本件土地について原告や訴外黒川くみ、または原告ら代理人から何か云って来るかも知れないが、内輪のことでじきに解決するから取り合わないように」と云われていたこと、同被告自身父豊太郎の遺産相続の経験があり、相続人姉妹四人の内妹二人が相続放棄し、同被告と姉との間でも円満に解決したことがあるので、同被告は、右篤太郎の言を信じ、賃料も従前どおり引続き篤太郎に支払っていたし、駐車場設備設置の許可も、篤太郎一人から受けておけば後日問題となるようなことはあるまいと考えていたことが認められる。

右の事実と先に認定した諸事情に照らすと、被告上野康子が(七)の土地に駐車場設備を設けて他に賃貸した点をとらえて、賃貸借契約違反を理由に、原告が昭和四四年九月にもなってから本件賃貸借契約を解除しようとするのは、権利の濫用であると認めざるを得ない。よって、右契約解除は無効であり、原告の請求原因(七)の(2)の主張は理由がない。

(7)  原告の請求原因(七)の(3)の主張の当否について考えるに、仮に(三)の建物が堅固な建物に該当するとしても、原告の解除権の行使は権利の濫用に当ると解すべきことは(5)に述べたとおりである。よって、右主張も失当である。

六  以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告上野らに対する本訴請求はすべて理由がない。

七  引受参加人が昭和四三年一〇月六日被告上野康子から(三)の建物を賃借し、現にこれを占有使用して(七)の土地を占有していることは、原告と引受参加人間に争いがない。

しかし、原告の被告上野康子に対する本訴請求がいずれも理由がない以上、その余の判断をするまでもなく、原告の引受参加人に対する本訴請求は失当である。

八  よって、原告の被告ら及び引受参加人に対する本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 條清)

〈以下省略〉

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